未来志向でいこう。

今日もまた新しい一日。私と家族の超プライベートな日々の出来事。

【私の責任です。お手紙その後】

今日の面談の時に、本日校長からお電話させます、とおはなしがありました。

 

夕方校長先生からお電話がありました。お手紙の件でした。

校長先生は、

「当時のことをお話しせずに判断して申し訳ありません。私がすべて担任より報告を受け、けいくんのうちには黙っておこうということにしました。なぜかと言えば、そのお手紙には、けいくん、お休みでずるいと言っている子がいるよと、書いてあったので、お見せできませんでした。

申し訳ありません。本当にこれは担任個人の判断ではなく、校長である私の判断です。すべて私の責任です。」

 

低い声でお話をされる先生の誠実さが伝わってきました。

 

「なるほど、そのように書いてあったのですね。息子は学校に行かなくなってから、前ほど学校に行きたい意欲がありません。ずるいなって感じる空気みたいなものも感じていると思います。本人は認めたくないのか、言いたくないのかわかりませんが、前ほど学校のいく意欲がないのです。

ずるいって思ったでしょうね。他の子たちも。わかります。きっと私もこどもだったら、そう思ったでしょうから。

そして、お手紙をそのように扱ったのは担任の先生のご判断ではなく、組織のご判断だったということですね」

 

「いえいえ、そのお手紙の子がそんな風に言ったわけではないんですよ。周りの子もそういう風に言っているのを担任も聞いたわけではありません。」

「はい。わかりますよ。それはそうかもしれませんね。

黙ってそれを破棄したことについて、私はやっぱりよくなかったと思います。もし、私がその親御さんと話をすることがなかったら、永遠にこの事実はわからなかったんです。それがどういうことなのか、その子と学校の先生との信頼関係、
その親御さんと先生の信頼関係はどうなるのでしょう。もし、それが不適切だと校長先生が感じられたのであれば、相手の子の親御さんにきちんとお話をして、解決すべきだったのではないでしょうか。親御さんに戻すなり、お子さんに話すなり。無かったことにすることはできません。

私は、この話は、相手の親御さんにも息子にも話をしていません。これからもたぶんしないでしょう。だから、その子はいつまでもお手紙が渡っていなかったという事実は知らないまま、過ごすことになると思います。もし学校の判断でお伝えになるなら伝えてください。少なくとも、こういうことが繰り返されることを私は懸念しています。」

 

「お母さんのおっしゃることはその通りです。大変申し訳なかったとお詫びします。また、今後よろしければ校長室にもいらしてください。ぜひけいくんのこれからのことを少しでも前向きに考えられるような話し合いをしたいと思います。」

「そうですね。今のままがいいかどうか私にもよくわからないので、いい方向で話し合いができれば、いいですね。」

 

そこまで話すのが精いっぱいでした。
泣くこともなく、怒ることもなく、私は極めて冷静に話ができたと思います。組織的な判断だったことにかえって驚きまきました。あるいは当時個人的な判断だったとしても、今、校長がかばったのかもな、って薄っすら思いました。私が校長なら担任を守るだろうなと。

そして、うすうす思っていたことが、本当だったこと、電話を切ったあともぐるぐると考えた。学校というところは、同質の資質でないことに対して「ずるい」、という感情が生まれやすい環境になってしまうことはどうしても仕方のないことなんだろうな、と思いました。そして、かつても私もそこにいたのだ。今でも時々「ずるい」って感じる感情のもとは私の中にも残っています。

自分と違っても、そういうこともあるんだ、ということが受け入れることができない自分と、子どもたちが重なって、電話のあと、少し放心していました。

 

だれもこんなこと知らないほうがよかったなー。

でも知ってしまったからには、やはりきちんと話をしなくてはならない。だから、私は最後まできちんと話をした。

うん、これで終わりにしよう。

 

もういいよね。
がんばった、私。

あとはもう次のことを考えよう。

ね、ときわくん。けいくんは何がしたいのかなー。本気になれることが何かあればいいね。

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