【本当らしさを確かめる】
古典の読書会に参加しています。なかなか難しくて、落ちこぼれ組の私としては、一つ一つを追うだけで精一杯。
言葉がわからないとつまづいてばかり、一つ一つを読んでいると全体が見えなくなるぐらい遅いです。
自分でも嫌になりそうになります。
それでも、ああかな?こうかな?と想像力を働かせたり、調べたりして、少しでも本当のコトに辿り着けるように読んでいく。
講義は古事記は終わりなんだけど、私はまだ読んでる。。。
当時のことが想像つかないから、なんのことを言ってんだか、ここで、この話?みたいなの、に、ついていけない。
まあ、でも、誰に怒られるわけでもないので、最後まで読んでみる。
わかんないものを読むってしんどいけど、自分で納得するまでね。
誰かの言ったほんとうらしさを確かめる時間が必要で、ただ純粋に信じても良さそうなこともあるけれど、一瞬立ち止まって、あれ?これってほんとなのかな?と思うことがすごく大切なような気がして。
一つでもいいから、ああ、なるほど、というところまで読んでみる。
自分で答えを出す、というのは、そういうことのような気がする。
全面的に信じることも、信頼関係のなかでは必要なこともありますが、実に自分の 判断の中で、信じてたことの揺らぎが出てきたのなら、まずは確かめる、ということをすっ飛ばしていいのかなと思う。
全部を確かめてたら、あっという間に歳をとってしまいそうだけれど、ね。