【keitoイベント編み物夜話:ルーチンワークが与えてくれるもの】
なんだか平成が終わって令和が始まる実感があんまりなくて。
でもたまたま昨日行った編み物のイベントでおもしろい話を聞いて、ぜんぜん焦らなくていいし、あわてなくていい、日々のルーチンを丁寧に過ごすのが一番いいのかなと思った。
昨日行ったイベントは、keitoという浅草橋にある毛糸屋さんでありました。
keito横山 起也 あみもの夜話「第1回・編み物をする前に」 | ワークショップ | Keito
こんなかわいいチケット。
編み物作家の横山起也さんと自由学園明日館の渡辺真哉さんのトークイベント。
横山さんは三代続く編み物作家の血筋のおうちの人で、渡辺さんは子供のころから編み物が好きでフェアアイルの編み物をよくされているとか。
すごくすごくおもしろかったんだけど、ほんのひとつまみ書いておくとすると、
渡辺さん
ルーチンワークのその果てに天から何かが降ってくるというお話。編み物やほかの物作りをしていると、自分で思ったものと違うものができることがある。それは、自分の枠の外にでたときです。そしてそれは心に隙間がないとを受けとめられない。与えられたものが自分の想像とかけ離れた時に感動して震えて泣いてしまう。
渡辺さんはフェアアイルを作るとき、テーマを決めてスケッチをするそうです。そこで使った色鉛筆を元に色の配色をして、ゲージは何色も色合わせして、寸法もきちんとはかる。
こういう一連の流れをルーチンワークとおっしゃっていました。
渡辺さんのフェアアイルはグラデーションがとても素敵。
横山さん
日本編み物文化協会から出版されている伝統のニットという本を書いたのですが、そこには「創られた伝統」という論文について書いてあります。「「伝統」とは長い年月を経たものと思われ、そう言われいるものであるが、その実、往々にして最近成立したり、また時に捏造されたりしたものもある」とエリック・ホブズボウムの論文のことが書いてあります。
タータンチェックやバグパイプの伝統について創られた伝統であるという視点でかかれた研究論文です。
私はこの歴史にしても、伝統にしても「創られる」とか「嘘・フィクション」であるということをわかっていながら、それを楽しむということが、できるといいなと思うんです。
横山さんはキノコの編み物でアウトドアブランドのスノーピークのイベントをされていたりします。
私は手元に持っていた伝統のニットを開いてまた読み返しました。
この最後のページの横山さんのお話が載っていました。
まさに伝統というのは後からの意味付けのほうがよっぽど多いのだろうなと思っていたところです。
先日のラトビアのミトンも、模様が意味を持っていったり、色が意味を持っていったのは後からなんじゃないかと想像していました。
なにがいいたいかというと、歴史の解釈は後からでもいくらでもどうにても解釈できるようになる。本当かどうかはその場にいたってわからない。歴史の研究には終わりがない。
この平成から
令和への元号の移行も、娘は
「全く実感がない」
とつぶやいていた。
それを聞いていたパパが、
サキが70歳、80歳になったらわかるんだと思うよ
と呟きました。
本当にそうだなーと思います。
いろんな平成の振りかえりの特集番組をみていると、ああ、振り返ってあの時のあの出来事が後からこんな風に、意味づけられて行くんだなーとのんびりと感じました。
ほかにもたーーーくさんの興味深いお話が聞けて、私はすごくラッキーだったなと思いました。少し令和の時代にやりたいことが見えてきました。
とにかく私は横山さんや渡辺さんと同じで、ものをつくるのが好き。最近は思い通りに行かなくて、ちょっとちーんってなることも多いけれど、横山さんがおっしゃっていたのは、それは自己否定が強いんです。先生と同じでなくてもいい、今の自分が作り出し物はそのままの自分がでているんです。それでいいじゃないですか。どんな作品もありのままの自分です。
なんともステキな言葉です。
そんなお話を聞いた翌日。
私はマクラメのグリーンハンガーを編んでみた。
あれこれ思うところはあるけれど、思ったよりいいんじゃない?
素敵にできたと思うよ。
どんな結果であってもそれを受けとめる心の余裕を生むためには、ルーチンワークをとにかく丁寧に行うこと。
これにつきるんだろうなー。
本当にいいお話だった。
染み渡って、今も心のなかがジンジンとします。
ありがとうございました。